| 「生命の音である母音に存在する倍音そして高周波 異質の世界、異質のもの同士を和して溶け合わせる 時の玉手箱として”現代”に送る日本文化和歌披講作品」 ![]() 伊藤一夫 -ITO KAZUO- 1st CD&DVD 「母音物語」 【CD】37min 【DVD】143min HTR-003 HOT TAKE RECORDS. 2010年4月29日 WEB限定リリース 商品の詳細・購入方法はこちらへ→ |
時の玉手箱へ Message from 伊藤一夫
全ての民族に音楽はある。文字をもたない民族にも音楽はあり歌がある。言葉が先か歌が先だったのか、、、。鳥のさえずりを聞いていると、歌うことが先で、言葉の意味付けはその後を追っているように感じる。言葉を持つと言われるイルカも、歌が大好きなようだ。海賊によって海に放り出された歌手をイルカが救ったという神話もある。歌は思いであり、それが言葉を生んでいった、、、。
ある思いがある発声を生む。人間の発声の最初は、うめきの音、驚きの音、感嘆の音、、おそらくは母音である。ウ―ッ オー アッ など。それらは母音であり、生命発声音であった。どの民族の言葉も、言葉の最後を伸ばせばなんらかの母音となる。なので、言葉の意味を伝えるには、母音の伸ばしを省いたほうが効率がよい。子音重視で行く方が多くの意味を効率よく伝えられる。そのせいかほとんどの言語が子音重視となっている。しかし、日本語はそうではなかった。ひとつひとつの発音に必ず母音が絡む。母音のみの言葉もあるし多くは子音と母音が組み合わさった構造となっている。
このDVDには角田博士にご登場いただいているが角田理論によれば日本人は虫の音や風の音、水の音など、自然界の音を左脳で聞くという。またうめき声などの生命発声である母音言語もおそらく左脳で聞いていると思う。自然界の音も、大体はヒューとか、ザ―ッとか、最後が伸びるので、母音であり生き物の声と同じである。これを言語脳と言われる左脳で聞きとる。どういうことかと言うと、日本人の脳では、風の音や水の音、人間や動物の発声音を、言葉として聞き取ろうとしていることになる。風の言葉、水の言葉、、そこにメッセージを聞き取ろうとする。日本人の脳以外の場合はそのほとんどにおいて、自然界の音を右脳で聞く。右の脳は無意識の脳であり、自然界の音を雑音として切り捨てる。実際に虫の鳴く音などに気づきにくいようだ。これはどちらが優れているとかいうものではなくて、差異として考える必要がある。日本人の脳は、自然の音を言葉として捉える。日本人の脳以外のほとんどの場合は、それらを雑音として処理する。この違いはかなり大きいと思う。自然観、情緒、文化、芸術、人間性に、大きな違いを生じたとしても不思議ない。言葉の伝達から言うと、子音優位の言葉が断然有利である。効率よく内容を伝えることができる。これまでの時代はあきらかに子音優位の言語から成り立つ文明であった。それらは優れた科学技術を生み出し、合理的で理性優位、知的社会をつくりあげた。しかし、合理性や利便性の追求はあくなきレベルにまで達し、金融が崩壊したり、また自然が脅かされる事態に至って、はたしてこれまでの文明のスタイルでこのまま行ってもよいのだろうか、、、の疑問や限界感が出てきている。私はこの解消の一つに、母音優位となる言語に秘められた智恵があると思っている。
あらゆる言葉も最後の部分を伸ばせば母音発声となるように、母音と発声は本来一体であった。そして面白いことに、この母音をあえて重視して発声していくと、倍音が発生しやすくなる。どの人種も驚いたり興奮したりすると、大きな声を思わず発するが、その際の母音の発声には倍音が生じている。強い思い、早急な感情表現などの際に、それは日本語にかかわらず、実は母音が発声している。これはなぜかというと、倍音発声によって、まず遠方にまで声が届く。そして倍音がもたらす他への影響力の大きさがある。倍音は何倍化されていくにつれ、高い周波数の発声ともなっていく。それは波長の短い音声であり、他の体を貫通もし、感覚的には一体感を生じさせる。だからこそ、人間は驚いたり、おびえたりする際の伝達に、母音から来る倍音を自然と選び取る。まさに母音発声は生命発声なのだ。生きる者の声は、生きる者に影響を与える。母音優位の言語には、生きる者へのコミュニケートが優先されやすい構造がある。
自然の回復、人間性の回復、そして動植物との和解において、母音言語は大きな可能性を私に感じさせる。実際、母音発声に倍音を意識的に出してみると、それははっきりとした特徴が確認される。倍音の発声、そして高周波音の発声である。現代のCDなどでは人間の耳に聞こえる周波数以外のこうした音は収録時からカットされてしまう。私に言わせれば恐ろしいことである。人間が耳でしか音を体験していないと誰が決めたのだろう。合理的知性の限界がこういうところにも見られる気持ちだが、実は、私たちは体でも音を体験している。むしろそちらの部分の方が大きいと思うほどである。日本に限らず、世界の古い音楽芸術には、実は、倍音と高周波が出ているものが多い。クラッシック音楽でさえ、昔はカストラーレが歌う、倍音と高周波音が必須であった。
日本の音楽芸術においても同じであり、浪花節、浪曲、民謡、祝詞、声明、そして今回10首収録した和歌の披講においても、豊富な倍音と高周波が発生している。今回の収録ではこれをカットせずにレコーディングを行った。WSD 5.6448MHz 1bitレコーディング、約564万ヘルツのサンプリングレートにて高周波の録音を行い、倍音発生時を示す周波数解析グラフも用い、適切な形でCD製品化し倍音の発声を伝えている。これによると、私の今回の収録においては、第6次倍音以上の発生が確かめられている。披講を聞いたあとに、お風呂に入ったような体と心の温かな解放感を感じられる人が多いが、このDVD、及びCDでは、再生装置の限界はあるだろうが、実際に聞いたのと同様の体験を将来に約束し伝えている。
倍音とは、異質のものへ通じる音であり、異質のものと仲良く一体化できる音なのである。これによって思いが伝達されれば、鬼神の心を和らげることも、神へのささげる音になることも、動物や植物に働きかけることもできるだろう。そして何より、異質の人間同士の中に同一の思いが伝わる。これにより、人種の優劣も差異もなくなる世界の現出の可能性が出てくる。DVDの収録時において、実際に虫が応え、鳥も応えてくれた。
今後、おそらく倍音や高周波の再生が可能な音声機器が一般化される時代もやってくると思う。その際に、確信的に作られたこの「母音物語」は時代の玉手箱になってくれるだろうことを祈ってやまない。









